So-net無料ブログ作成

金万德(キム・マンドク)は商人なのに医女(?) 正祖王との関係

  ドラマ「キム・マンドク~美しき伝説の商人」、まだ商人としての活躍は先のことのようですが、この主人公の「金万德(キム・マンドク)」という女性、日本で見られる資料というのは本当に少ないのですが、済州島では大きな碑が建てられているほど、島の恩人として語り継がれている偉大な人物だというのを初めて知りました。

  このドラマは聞慶(ムンギョン)の「KBS撮影所」を訪れた時に撮影をしていて、その若い男の子のスタッフから、「自分の財産を投げ打って貧しい人たちを助けた女性の話」であるというのは聞きました。
でも、具体的なことは何も知る由も無く、ましてやその救ったのが昔の済州島民の命だったなどというのも、今回調べてみて初めて知ったことです。

  済州島に韓国の夕日の名所、しかも〝韓国の絶景12景〟にも数えられている「沙羅峰公園(サラボンコンウォン)」という観光地があるそうです。

   沙羅峰公園
     http://travel.k-pops.jp/spot_view.kn?item_id=61&category_id=8&qstr=Y2F0ZWdvcnlfaWQ9OCZjaXR5TnVtPSZzdGF0ZU51bT0mc3R4PSZpY29uPSZwYWdlX2luZGV4PTk=

     http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=1069350

その「沙羅峰公園」の南側に、金万德さんの功績を讃える碑やお墓などもあり、「金万德記念館」なる施設までもあるそうなのですが、お墓を始めとしたその金万德さんを表するものには〝内医女〟とか〝医女班首〟という文字が名前の前に記されています。

     1008-sonjson.jpg
     P9199322.jpg無題.jpg

  この人ってあのチャングムのような医女だったのか(?)、医女でありながら伝説の商人(?)
しかも済州島ではこの金万德さんを「島を救った医女」と呼んでいるのだといいます。
なんだかよく分からなくなってきます、この金万德という女性は妓生?医女?商人? どれが正解なんだろう(?)

    mandeok2.jpg

  そもそもこの金万德という女性は何をやった人なのか?
  この金万德さんは1739年に仲介商人の娘として生まれたのですが、12歳で両親と死別してしまい、親戚の家の世話で妓生として育つことになってしまいます。
ところが、大人になって世間を知るようになると、妓生というのは世間から蔑視される職業なのだと悟り、23歳で済州の役所に願い出て苦労の末にやっと元の身分を回復します。
  元々の血筋なのか金万德さんは商才に長けていたようで、島の特産物であるミカン・ワカメ・トチなどを内地で売り、そして反対に内地から装飾品や日用品などを仕入れて両班などを相手に商売をするというように、妓生の頃の経験を活かしながらの商才を発揮したのだそうです。
また、薬草の栽培なども手がけるなど、その活躍の場を広げたのですが、この当時の朝鮮は田植えという農業技術の発展とともに、商業も発展するという時代で、その時流をうまく読んだ人物だったようです。
そんな成功者で巨万の富を得ながらも、本人の生活はいたって質素でつつましく、神の恩恵で自分はこうして生きていられるという気持ちを持ち続けて生活していたといいます。

  しかし、その後の1793年のこと、済州島をひどい飢饉が襲います。
3つの村だけでも600人の餓死者が出るほどの飢饉が続き、このままだと済州の島民の多くが餓死の危機に陥るというひどい有様になってしまったのです。
1795年には政府も救援の手を差し伸べはしますが、その救援の食料を積み込んだ船5隻が沈没してしまうというアクシデントで、支援の政策もあえなく失敗に終わってしまいます。

  そこで乗り出したのが金万德(キム・マンドク)さんです。
自身が築いた富を惜しげもなく投じて内地の米500石の買い付けをし、その殆どを飢えにあえぐ島民に無償で分け与えたのです。
当時の朝鮮王朝ができずにいた済州島民の救済を、私財を投じて、しかも女の身でありながら成し遂げたんですねえ、多くの餓死寸前の島民の命を救った女性、医術や看護ではなく、〝慈悲深い救世主〟という敬いの意味合いでの『内医女』 だったわけです。

  そんな王朝が成しえなかった偉業を成し遂げた女性なのですから、当時の国王さんが直接謁見して褒め称えることになるのですが、それが「イ・サン」である正祖王なのです。
そして翌年の1796年に金万德の願いを聞き入れ、漢陽(ハニャン)の宮廷に招待をし、霊峰である金剛山を見物させるということになります。
  ところが、当時の済州島から一般の女性が出て、ましてや宮殿に入るなんてことは前代未聞のこと、そこでこの国王である正祖が、『医女班首』という特別な地位の称号を金万德に与え、特別な待遇をしたということなのです。

  そういうことだったんですね、「内医女」には〝救世主〟のような意味合いが込められ、「医女班首」には〝最高の救済者〟というような特別な尊い意味合いが込められていたようです。

  金万德さんは1813年に73歳で亡くなりますが、今も済州島の救世主として「内医女・金万德」は生き続けています。
こんな偉業を成し遂げた女性をこれからのドラマで、どこまで描いてくれているのか、ドラマを観ていく上での興味が沸いてきました。

無題3.jpg無題2.jpg

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は180日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。